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写真:ノマドの世紀に:vol.3 天地創造の原点のような世界。あるいはカオス。(ボルネオ)

見出し:月の輝き、静謐で限りない愛を感じる世界

何憶光年の菩薩が舞い降りる瞬間。
音楽が奏でられる。天上のメロディが付与されるとき。

月の光―――
クロード・ドビュッシーの。
月光―――
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンの。
天賦の才を与えられた耳がそれらをとらえて、
体で発信するとき。

フランス語とドイツ語では月が
女性になったり男性になったりする。
パリのカフェのさんざめき
ゲルマンの深く暗い森の古城から見る宇宙
宇宙が女性的なるもので支配されたり
男性的なるものが支配したり。

月の美しい沖縄から遠く、再びそんなことを感じたのが、
ボルネオのキナバル山の山頂付近だった。
富士山並みの高度にある小屋で休憩してから出発してから少しの午前3時半ころ。
熱帯の、ラフレシアの、ウツボカズラの生息する
あふれんばかりの色彩のジャングルから歩くこと1日。
山頂近くになると、色は限りなくモノトーンに近づいていく。
そのモノトーン、というよりむしろ、背景の漆黒の闇の中に
何かを反射させて浮かび上がる美しいグレーのシルエット、
それが山頂の形。
よく見ると、月の光がそのシルエットを創っていた。

そこで感じたのは、女性的なる包み込むような豊穣の闇と、
男性的なる尖った鉱物のどっしりした存在感。天地創造の原点のような世界。
あるいはカオス。
それらが夜明け前の世界の中に確かに存在している。

しばらく行くと4千何百メートルの山頂。
東の方角からゆっくりと陽の光が射してきて、
山にあたり、まわりを色づかせはじめる。
鳥の囀りだろうか、遠い下界のどこかでそんないとなみが聞こえはじめる。