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日本の伝統文化はとても面白い

――桐谷さんは、どうして日本に行こうと思われたんですか。

学生の頃、一度は海外で生活してみたいと思っていました。最初はパリに行こうと思っていたんですが、一度旅行で日本に来てもう、キマリ!(笑)ここにしよう、と思いました。人々の繊細な所作とか、親切心とか、文化的な調度に惹かれたんです。私は幼い頃から毎週日曜日は教会に行って、みんな一緒に正式な食事をいただいてから、ボストン美術館に行くというように、両親からしつけられていました。この美術館通いは幼い私にとっては地獄でした(笑)。印象派の絵なんて、まったく興味がなかったですから。でも、母は日本の美術が好きで、ご存知のようにボストン美術館は日本の浮世絵の一番大きなコレクションを持っていたので、好んで鑑賞していたんです。この浮世絵は子ども心にすごく面白かった。写楽とか北斎を見ると、派手な色だし、漫画みたいでしょう? 
また、ボストンは京都市と姉妹都市でもあったので、時折フェスティバルを催して、日本映画の上映も行われました。小津映画とかね。描かれた世界にと
ても憧れたものです。
学生の頃、私はハーバード大学で心臓や肺の研究をしていたんですが、研究室に北海道大学の日本人の先生がいらしていた。それまで私は日本の文化には興味を持っていましたけれども、日本人については先入観がありました。ポーカーフェイスで冷たいと思っていた。セイコーの時計に代表される、完璧好きな人種だって(笑)。ところが、医学部のパーティーで日本の研究者と話してびっくりしました。情熱的で面白い人たちでした。
そんな偶然が積み重なって、私は日本に導かれていったんだと思います。

――桐谷さんが来日されたのは1979年。その頃から日本は変わったと思われますか?

そうですね。私が来日した頃には、もっともっといろいろな楽しみがありましたよ。例えば、お正月の準備。当時は、お正月になると5日間くらいお店がすべて閉まってしまうので、飲み物、食べ物は全部きちんと準備しておかなければ、本当に困ってしまったものでした。すごく不便だったけれど、年末の準備はお正月をつくる一つのムードを生み出していました。今では年初からデパートは開いているし、普通の生活となんら変わらないですね。
昔ながらのしきたりも消えつつあります。例えば、昔は新年を迎えるために、元旦には身につけるものを全部新しくしていたそうです。興味深いしきたりでしょう? そういうものをリバイバルできたらいいのに、と思うんですよ。
日本の昔ながらの遊びもやってみると面白いですよ。多くの日本人には、先入観があるのではないでしょうか。古きよき日本のものはつまらないって。でも、実際にやってみると、面白い。私たちもやってみてびっくりしました。羽根つきなんかもとても面白いんです。
長屋にいた頃は、毎年お正月に羽根つき大会を企画していました。近所のみんなが楽しみにして参加してくれていたんです。16年間続けましたが、今の家に移ってからは場所がないから、残念ながら終わりました。
でも、私はいま、花札倶楽部を作って花札を楽しんでいます。毎月一度くらい、みんなで花札をして、おしゃべりに花を咲かせます。ワインなんかを飲みながら。ときどき必死になるけれど(笑)、いろいろおしゃべりしながらゲームするのが楽しいんです。負けた人が食べ物と飲み物を負担するんですよ(笑)。
去年の5月、主人と私の友達2人とでパリへ行きました。女性3人は着物を着て、パリのカフェで花札をやりました。すごく楽しかった! 日本の文化をちょっとフランス人に見せようと思って。>>次のページ