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C.W.Nicol
1940年イギリス南ウェールズ生まれ。高校卒業後カナダへ渡り、北極地域の野生生物調査を行う。その後、イギリスへ戻り大学へ進学するが中退。以後、カナダ政府の漁業調査局、環境局の技官として北極地域の調査などに従事。67年から2年間、エチオピアの国立公園建設のためシミアン高原へ赴き、公園長として活躍。78年、カナダ政府技官の職を辞し、小説家となり来日。以来日本に定住し、80年からは長野県黒姫山の麓に住み、自然との関わりを大切にしながらさまざまな文化活動、執筆活動を精力的に行う。95年、念願の日本国籍を取得。2002年「財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長に就任。「僕は今、63歳ですがすごい酒飲みですよ。でも、元気。検査をすると僕の肺は、20歳のタバコを吸わない男性の肺よりもきれいですよ。あとはやせるだけ(笑)」

著作:『勇魚』『C.W.ニコルの自然記』『盟約』『北陸カラスの物語』
『風を見た少年』『遭敵海域』など多数

●財団法人アファンの森財団 http://www.afan.or.jp/


ニコルさんの森は、長野県黒姫山のとなりにそびえる飯綱山のふもとにある。
そこは、ニコルさんが日本での森の再生活動を始められるきっかけとなった、英国ウェールズのアファン・アルゴード森林公園にちなんで、アファンの森と名づけられた。
アファン、それはケルト語で「風が通るところ」という意味。そろそろアファンの森では、色づいたナラ、ブナ、カエデが葉を落とし、冬支度を始めるのだろう。


日本の森の危機的状況

Q.都会に暮らす私たちは、毎日の暮らしの中で「森」を意識することが、ほとんどありません。森とは、いったいどんなものなのでしょうか? 

 森っていう字、そもそもこの漢字が間違っていると僕は思うんですよ。「木」という字を三つ積み重ねるでしょう? でも、本来の森は木だけがたくさんあるんじゃない。水と土と木が一体になって森ができる。だから、森っていう漢字はこう書くべきだと
思うんですよ。

Q.なるほど。森には自然のすべてが詰まっている。なのに、私たちは森を意識せずに、日常を送ってしまっているんですね。

 森が無ければ、人は1時間も生きられないんですよ。 
 例えば、世界の森が無くなったら、酸素は現在の半分以下になる。すると、呼吸をはじめ、すべてのプロセスがうまくいかなくなるんです。日本では、まず水が無くなってしまうでしょう。日本で使われる水の大部分は、森が蓄えて川となるんですから。使えるのは、雨水だけになってしまいます。つまり、きれいな水はもう飲めなくなる。森には、僕たちのいのちを支えるすべてがあるんですよ。僕が一番怖いと思っているのは、この2、30年の間に、奥深い山に不法なゴミ捨て場が何千もできたことです。長野県だけで、2000ヵ所はあります。しかも全部水源地にある。日本では、水を買って生活している人は、全体の3分の1です。ほかの人々は、水道の水を使っている。水道は、水道局がばい菌などは止めているんですが、ダイオキシンやPCB、そういうものは止められないんです。だって、ニオイはないし、見えないし。
 オリンピックのプールにダイオキシンを1滴落とす。そのくらいのレベルでダイオキシンが人間の体に入っただけで、子供に影響がある、あるいは流産の危険性が高くなると言われています。そのくらい深刻なんです。
 それなのに、当時の建設省の人は20年ほど前に、僕にこう言っていました。「日本は金がたくさんあるから、飲み水は買えばいい」「川と森をもっと経済性の高いものに使うべきだ」と。そのぐらい無責任な野郎どもがいるんですよ。空気や水を無くしても、“経済発展”すればいい、というんですよ。でも、考えてください。きれいな水と空気が無ければ、健康は無いんですよ! 健康が無ければ、どうやって働くんですか。役人も政治家もそんな基本的なことがわかってないんです。
 長野の田中康夫知事は、すごくよくわかっているので、一生懸命取り組んでいます。でも、相変わらず、たぬきジジイどもが「建設」「建設」と思い込んでる。だから、いらない建設ばかりがドンドン進むんです。田中知事から聞いたんだけど、長野では砂防ダムをあと7000造るっていうんですよ。それらは、全部山の奥につくりますよね。ほとんど造る必要はないものなんですよ!
 しかも、造り方がヘンです。その造り方を採用するために、道を造らなければならない。そのために、森を伐って、伐って、伐って、伐りまくる。そういう建設方法なんです。本末転倒でしょ。
 日本は1980年あたりからずっとそっちの方向に進んでますから、僕はそれを食い止めるのに必死ですよ。

Q.ニコルさんは、そのために17年前から黒姫の土地を少しずつ購入して、森の再生への活動を始められました。その経緯をお話いただけますか。

 1980年代、バブルと言われる時代です。僕は日本の状況に、絶望しかけていました。樹齢を重ねた森の木々が次々に伐り倒される。川はコンクリートの護岸工事で変わり果てた姿となる。湿地はゴミで埋め立てられる。それなのに、地元の人々は金儲けに目の色を変えていたんです。
 そうしたころ、僕は何年ぶりかで生まれ故郷の英国ウェールズを訪れました。期せずして、そのウェールズで僕は、森の再生にかける人々の努力と情熱を目の当たりにしました。その様子を見て、絶望から立ち上がろう、僕も彼らにならって心から愛する日本のために力を尽くそう、と決心したんです。「アファンの森」の名は、僕にその決意をさせてくれたウェールズの「アファン・アルゴード森林公園」にちなんで名づけたものです。
 僕は、長野県黒姫の土地を買い始めました。個人的に負担できる範囲で、隣接する土地を少しずつ、少しずつ買い足していったのです。大半は、いったん農地として開墾された後、放置されていた土地でした。なかには、きちんと手入れをしないせいで、ひょろひょろとした木ばかりになった針葉樹の植林もありました。この仕事をはじめたときは、森は病気の木ばかりでした。そのうえ、びっしりはびこった下草や伸び放題のツル植物のせいで窒息寸前だったんですよ。
 80年代以降の日本のありさまは、世界からバッシングされています。でも、日本人自身はわかっていない。クジラはしょっちゅう言われるからわかっているのかもしれないけど。
 日本の面積の60%は樹木に覆われています。森じゃないですよ、木に覆われています。なのに、どんどん材木を輸入するでしょう。シベリア、カナダから。輸入材を安く買うために、国内の木材は売れなくなって、ますます樹木は放置されていくんです。
 
Q.「林業をしている人がどんどん減っているのに、“林業失業者”の話は聞かない」と、ニコルさんがお書きになっているのを拝読して、ショックでした。つまり、林業をしなくなった人に、なんらかの“手当て”がなされているわけですね。

 そう。国や県から林業従事者に支払われる、破壊的な補助金の責任です。天然混合林をつぶして、単一種の針葉樹を植林する人に対する給与を支払うために、補助金が使われていました。
 長野県は日本で四番目に大きい県です。県内のもっとも低い場所が海抜256 メートル。もっとも高いところは3190メートル。県全体の約78%が木に覆われています。そのうちの64%が私有地。それなら、林業とその関連産業が長野の経済と暮らしの主役であって当然でしょう? けれども、僕がここに住むようになってから何年にもなるけれど、その間に林業従事者の数は約4分の1にまで減ってしまった。しかも、林業をやめた人々は失業することなく手当てされている。ということは、もうずっと前から、森だけが放置され、育っていないんですよ。育てる人がいないんだから。どんどん悪くなっているだけです。

Q.林業従事者が減ったうえに、国土の60%を覆う樹木の種類が針葉樹ばかりになってしまっている。これも問題だと指摘されていますね。

 針葉樹ももちろん素晴らしい木ですが、そればかりをいっぱい植えると、枝が密集して光と栄養(水)が銘々の木になかなかまわらないでしょう。だから、幹が太らないんです

針葉樹ばかりが密集すると、光と栄養(水)が銘々の木にまわらない。
針葉樹の森よりも、いろんな種類の樹木がまざりあった混合林のほうが、 いい材木をつくることができる
illustration by C.W.Nicol

樹齢30年、40年の木でも幹が細い。光が当たらない部分が死にはじめるんです。森を育てるには、そうした成長が止まっている木々を間引かなければいけない。死にかけた枝を死ぬ前に落とさないといけない。死にかけた枝をそのままにしておくから、材木に穴ができるんですね。死ぬ前に伐っておけば、木がその生命力で、自分で傷口を治してしまうから、穴ができないんですよ。きれいな模様になるんです。
 針葉樹の森よりも、いろんな種類の樹木がまざりあった混合林のほうが、いい材木をつくることができるって、僕はずっと言ってる。どろ亀先生も言ってるんですよ。
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