↑砂岩の崖のあちこちに恐竜の化石が露出している世界でも珍しい施設

発掘現場へは州道の149 号線の分岐点を見落とさないように注意


■恐竜を集めたのは川の流れだった

 およそ1億6千年前、現在の化石の発掘現場周辺は大きな河の砂州だったと考えられている。この時代は恐竜が生存していた時期の丁度、中間期に当たる。体重が30トンもある巨大なアパトサウルスから、体長2メートルほどのすばしこそうなオルニソレステスまで、10種類以上の恐竜がこのエリアに生存していたことが確認されている。

 この太古の河は何度も大規模な洪水を引き起こしたようで、水に押し流された恐竜の遺体が砂州に集まって来た。その上に何層もの土砂が砂岩となり、台地を形成していった。岩に包まれた恐竜の骨はやがて化石化し、静かに眠っていた。

発掘現場では約2000の化石が確認されている

 恐竜たちに寝床を与えたのも河だが、その眠りを覚ましたのも河だった。現在の公園内を流れるグリーン・リバーとヤンパ・リバーが柔らかな砂岩を急速に浸食し、恐竜の化石が岩の表面に現れて来たのだ。
 20世紀初頭、米国では一種の恐竜ブームが起きていた。ワイオミング州のコモ・ブラッフやコロラド州のキャニオン・シティで、恐竜の化石が相次いで発見され、人々はこの驚くべき生物の新たなニュースを待ち望んでいたという。
 当時、ピッツバーグで博物館をオープンしたばかりのアンドリュー・カーネギーは、自分の博物館の「目玉」に、ぜひ恐竜をと考えた。カーネギーを説得したのはアール・ダグラスという科学者だ。ダグラスは、先に恐竜が発見されたコロラド州の地形に似た場所を探れば見込みがあると考えたのだ。
 何度かの失敗の後、1909年、ダグラスは現在の発掘現場の崖の上でアパトサウルスの尾の骨を発見した。これがダイナソー公園の始まりである。以来、ダグラスは15年間に渡って発掘を続け、恐竜の化石を含む岩を350トンもカーネギー博物館に送り届けた。現在でも、この恐竜の化石標本はカーネギー博物館の展示品の「目玉」である。

岩に残されたアメリカ・インディアンのペトログリフ

■河が育む命の讃歌

 ダイナソー公園は1945年に国定天然記念物に指定された。当初は化石の発掘現場周辺の約200ヘクタールの土地だけが指定されていたが、現在は州境を越えてユタとコロラド州にまたがる、46万ヘクタールもの広大な地域が保護されている。
 コロラド台地、ロッキー山脈、グレート盆地、ワイオミング盆地の、それぞれ特徴のある地形がこの公園の敷地内で出会う形になっている。地球の生成の歴史が、まるで一冊の本のように目の前に広げられているのだ。
 この公園を訪れる人のほとんどは、恐竜の発掘現場を見るのが目的だ。しかし、周辺をドライブするうちに、カラフルな地層に驚き、膨大な力でねじまげられたような岩盤の隆起に言葉を失い、一見不毛に見える岩山がどれほど豊かな生命を育んでいるかに感動するようだ。とりわけ、グリーン・リバーとヤンパ・リバーの川岸の美しさは心に残る。秋になるとコットンウッドなどの木々が鮮やかな黄金色に染まり、雪が溶ければピンクの小さな手鞠のようなロッキー・マウンテン・ビー・プラントの花が岸辺を覆う。
 

ロッキー山脈に生息するビックホーン・シープ

ビックホーン・シープが切り立った崖を踊るような足取りで登って行く姿や、つやつやした尾を輝かせたコヨーテが道をゆっくり横切ったり、真っ青な空にハヤブサが飛んで行くのも見かけることも多い。
 また、河の流れは豊かな土を運んで来る。7千年以上前から、この地域に人が住んでいたことが確認されているが、3世紀にはすでにトウモロコシや豆類を栽培し、農業を営んで定住していた部族がいた。公園内のあちこちには、人々の暮らしや動物、不思議な姿の人物像などが刻まれた岩絵が残されており、この地に住んでいた人々の豊かな文化を想像することができる。

■河から学んだエコロジーの教訓

 1935年、フーバー・ダムが完成した。その巨大なプロジェクトは「現代の奇跡」と称賛され、大自然を征服した人間の「英知の象徴」と信じられていた。63年にはグレン・キャニオン・ダム、その翌年にはフレミング・ジョージ・ダムが完成し、雄大なコロラド河はその流れを人間の「調整」に委ねることになった。コロラド河に続くグリーン・リバーもこのダムの完成で大きな影響を受けることになった。
 ユタからコロラドにかけての地域はコールド・デザートと呼ばれている。砂漠のように乾燥した気候ではあるが、冬になれば大量の雪が降る。雪解けが始まる3月から河の水は増加を始め、6月の初旬にはピークを迎える。怒濤のように流れる水は大量の土砂を運び、川岸を削り、砂州をまるで泥のスープのようにかき混ぜて流れて行く。毎年、川岸の砂州には新しい植物が生え替わっていたのだ。
しかし、ダムによってその「洪水」は消えてしまった。一年を通して、同じような水量で穏やかに河は流れて行くようになったのだ。川岸にはたちまち今までとは違う植物が成長を始め、自生種であるコットンウッドは自然再生ができなくなり、魚たちは排卵の時期を告げる自然のサインを見失った。当然、コロラド・パイクニノウなどの魚たちは一挙に絶滅の危機に瀕することになった。

公園内では様々な地形や地層を見ることができる

 河の自然な流れを変えることが環境にどれほど深刻なダメージを与えるかについて、人々が気がつき始めたのは1980年代に入ってからだった。アメリカの西部開拓に大きな役割を果たしたコロラド・リバーとグリーン・リバーは、米国における自然保護運動の覚醒にも大きな影響を及ぼしたことになる。
 河が語る声を封じれば、人間もまた多くを失う。大自然との対話を怠れば、人間も地上には住めなくなるだろう。高い崖の上から私たちを見下ろしている恐竜たちは、どれほど繁栄した「種」もいつかは消えていくという教訓を私たちに伝えようとしているのかもしれない。

●アクセス
ダイナソー国定天然記念物公園の恐竜の化石発掘現場へは、ユタ州のソルトレイク・シティから車で約3時間。定期バスなどのアクセスはないので、ソルトレイク・シティからレンタカーがおすすめ。
入園料は乗用車1台につき10ドル(7日間有効)

◆公園に関する情報
www.nps.gov/dino
◆周辺の地図などの情報
www.desertusa.com/dino

●ハイキング・ルート
公園内には8 つの主要ハイキング・ルートがある。化石の発掘現場近くのDesert Voice ルートは往復3 キロほどで、家族連れにもおすすめ。また、発掘現場から往復35キロほどのドライブ・ルートが作られており、途中で小ハイキングなどを楽しみながら、岩絵をみたり、周囲の地形を観察したりすることができる。またハイキングには十分な水を用意すること。冬でも日焼けどめは必携。