↑シャーマン将軍の木の枝は地上から40メートルほどのところにあり、本当に巨人が大きく手を広げたように見える。


■優しい巨人に出会うなら早朝がいい

 セコイアの森を歩くなら、太陽がまだ昇りきらない早朝がいい。まるで巨人たちがゆっくりと呼吸しているように、深い森の中にうっすらともやがかかる。冠のような枝葉がしっとりと湿気を含み、そこを通過してくるやわらかな朝日にキラキラとかがやいてみえる。壮麗な大連隊を率いるように森の奥に立っているのが「地上でもっとも巨大な生き物」として知られる「シャーマン将軍の木」だ。この木は樹齢およそ2300年(2700年という説もある)。高さでも幅でも世界一というわけではなく、総体の体積がおよそ1487立方メートルという意味での「世界最大」だ。しかも、この体積が測定されたのは1975年のことで、その後も木は成長を続けているのだ。

シャーマン将軍の木は自動車でのアクセスも便利で、グラント将軍の木と共に、公園で一番人気のある観光ポイント

1879年にヨーロッパ人で最初にこの木を「発見」したのはウォルバートンという男で、彼は南北戦争のときに自分が仕えた将軍の名前をこの木に与えた。この木を見上げたときに私の胸にあふれて来た「自然の優しさに触れた喜び」と、名前のもとになった将軍の生涯とはあまりにも大きな違いがある。「なぜシャーマン将軍なのか?!」とめまいを感じるほどだ。
ウィリアム・シャーマンは南北戦争で北軍を勝利に導いた将軍の一人。南部の奥深くまで侵攻し、戦力を維持する根源、つまり物資の補給などで軍を支えているものを徹底的にたたく作戦を考え出した人物だ。『風と共に去りぬ』に描かれたような、あらゆるものを焼き尽くす焦土作戦である。戦争を早期に終結させるためなら民間人を犠牲にし、コミュニティを破壊しつくしても良いと判断した最初の「近代戦争戦略家」とも言えるだろう。

シャーマン将軍の木の前で記念撮影をする観光客。
幹の直径は11メートルを越える。

皮肉なことに、ジャイアント・セコイアは樹皮の厚さが60センチ以上もあり、ちょっとやそっとの山火事では燃え上がったりしない。むしろ山火事はこの木の世代更新に必要なものですらある。種はニワトリの卵大の松かさの中にぎっしり詰まっているが、山火事のような急激な気温上昇がないと種がはじけることはないからだ。さらに、この木は太陽の光をたくさん浴びなければ成長できないので、火事で下生えや他の木々が焼けてしまってできた空間に新しいジャイアント・セコイアが生まれるというわけだ。

公園内の多くの木々の幹に黒い焼け焦げついている。山火事や落雷で樹皮が焼けた跡だ。それでも「巨人」は成長を続ける。公園では落雷による山火事はできるだけそのままにして自然消火を待ち、ジャイアント・セコイアの森の自然更新を促す方針を採っている。

■「不死の巨人」を保護する責任

 シャーマン将軍の木は高さ約84メートル、根元の周囲は31メートル以上ある。枝ですら直径1メートルを越すのだ。山火事などの熱に強いのはもちろん、樹皮の中には多量のタンニンなどをはじめとする有機物質が含まれており、害虫や菌などの進入を許さない。セコイア国立公園の誕生に尽力したジョン・ミュアはアメリカを代表するナチュラリストの先駆者。1873年、彼が初めてジャイアント・セコイアに出会ったとき、この木々をビッグ・ツリーと呼び「ビッグ・ツリーは何ものにも侵されない、不死のように見える。」と深い感動を込めて書き残している。

姿の美しさなら、博物館Giant Forest Museumの前にある「歩哨の木Sentinelがおすすめ。将軍達ほど堂々とはしていないが、すっきりと立つ姿がりりしい。

 しかし、ジャイアント・セコイアはけして不死ではない。ヨーロッパ人がシエラネバダに入って来てからすぐ、木材として次々と切り倒されていったからだ。ミュアをはじめとする人々が奮闘しなければ、巨人の多くは消えていたことだろう。伐採は止まっても危険が去ったわけではない。ジャイアント・セコイアはその根を浅く広く張る性質がある。幹周辺の木々が踏み固められたり、強い風が吹いたりすれば、自らの重さに耐えかねて倒れてしまうのだ。
 大きな木の幹に自分の腕をいっぱいに広げて抱きついてみると、不思議な安心感があると言う人は多い。木に耳を押しつけて「声」を聞きたがる人もいるほどだ。残念ながら、この公園では木の幹に直接触れることはできない。周辺の土を人が踏み固めてしまえば、木は根を十分に張ることができなくなるので、周辺は柵で囲まれているからだ。巨木にもたれて昼寝をしたり、大好きな本を読み返したりして一日を過ごす幸せを味わえないのは本当に心残りな気がする。しかし、この太古の歴史の証人を護るのは人間の責任。静かに眠っていた木々を目覚めさせてしまったのは我々だからだ。

 セコイア国立公園、その北側に隣接するキングス・キャニオン国立公園、そしてさらにその北に広がるヨセミテ国立公園は、シエラネバダ山脈の裾野に点在している。これらの国立公園とその周囲の自然環境を総合的に護るため、総体的なエコ・システムの研究も米国議会の特別プロジェクトとして1992年から始まっている(www.ceres.ca.gov/snep参照 )。山脈の広大な裾野の自然を護り、人間の経済活動や社会生活と共存させ、次世代へ継続できる環境保護のありかたが模索されているのだ。
2000年以上の歴史を見つめてきた優しい巨人たちは、突然現れた多くの人間と車に出会い何を思っているのだろうか。
(取材・文責 宮田麻未/写真 神尾明朗)

キングス・キャニオン国立公園の高台からシエラネバダの山並みを見渡す
● セコイア国立公園とキングス・キャニオン国立公園の公園へは車一台につき20ドルの入園料(7日間有効)が必要。詳しい情報はwww.nps.gov/seki

● 交通アクセス セコイア国立公園に直接アクセスする公共交通は無い。フレズノFresnoまではロサンゼルスからアムトラック鉄道やグレイハウンドのバスで約5時間。ここでレンタカーを借りると良いだろう。フレズノからは車で東へ州道180号線で約2時間。

●宿泊 公園内には設備の整ったWuksachi Lodgeなどのホテルを始め、キャンプ場も点在している。宿泊についての情報はwww.visitSequoia.com で。

● ハイキング 公園内には1300キロ以上ものハイキング・トレイルがある。公園のほとんどはハイキングでしかアクセスがない。車で行けるシャーマン将軍の木周辺などには短時間で楽しめる遊歩ルートもある。