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アーサー・デヨング Arthur De Jong
ウィスラー・ブラックコム山岳開発企画/ 環境リソース担当部長

1960年生まれ。カナダ、ブリティッシュ・コロンビヤ州ランガレー出身。両親はバンクーバーの郊外で酪農を営む。州立サイモン・フレーザー大学に進み、経営学を専攻。在学中からブラックコムでスキー・パトロールとして働く。卒業後、ウィスラー・ブラッコム・スキー場に就職。1996年からは、同社の開発企画・環境問題部門を担当するマネージャーに就任。


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■オリンピックはエキサイティングなデートのようなもの

「第21回冬季オリンピックの開催地は・・・」

2003年7月2日、IOC会長のジャック・ロゲ氏は、開催地を読み上げるのを一瞬ためらうように息を吸った。「ザ・シティ・オブ・バンクーバー」というロゲ氏の声が聞こえるまで、2秒とかからなかっただろうが、テレビの前に座っていた多くのカナダ市民にとっては、耐えがたいほど長い時間に感じられただろう。バンクーバーのGMプレースに集まった1万人のサポーター、そしてウィスラー・ビレッジの広場に集まった5千人の人々にとってはなおさらだ。

オリンピック開催決定を
報道する号外

バンクーバー・オリンピックの開催が決まった瞬間、サポーターは大きく両手を挙げて立ち上がり、会場は「We did it!! 」( やったー!)のどよめきで、揺れているかのようだった。隣国のアメリカ人に比べ、普段は感情をあらわにしないと言われるカナダの人々がこれほど率直に興奮し、喜びを全身で表現することは珍しい。
しかし、翌日のバンクーバーの地元紙には、「オリンピックの開催が決まったことは嬉しい。だが、たった17日間のイベントのために我々の美しい都市の自然と暮らしが破壊されないよう、十分な配慮が必要だろう。」という読者の投書が大きく掲載された。これは多くの市民の声を代表していると思われる。バンクーバーは、人口が1000人足らずだった時代にダウンタウンに広大な公園を確保し、今もハイウエイを市内に通していない。便利よりも「世界で一番美しい街」であることを選んできた市民たちの住む街だ。

バンクーバー・オリンピックのスキー競技の会場となるウィスラー住民も基本的な気持ちは同じようだ。オリンピック開催が環境に及ぼす影響についての懸念は、カナダを代表する開催地として立候補が決まった1998年以前から、活発な議論が繰り返されてきた。そして、アーサー・デヨングさんは、こうした議論の渦中におられるおひとりだ。

Q:オリンピックを開催することで、環境に様々な影響が及ぶことを懸念する声は色々なところから出ているようですが、現場の直接の担当者として、オリンピックをどう捉えていらっしゃいますか?

デヨング:オリンピック開催の環境への影響は「ある」とか「ない」とかという議論ではなく、「いかに取り組むか?」が問題だと思っています。たとえオリンピックがエコ・システムにストレスを与えることになっても、適切な取り組みで対処すれば、結果的には意味のある催しになるのではないでしょうか
極端なことを言えば、世界全体は別に「ウィスラー」を必要としてはいません。私たちの山岳リゾートは、主として富裕層がレジャーを楽しむ場所です。つまりすべての人々の生活にとってどうしても必要なものではないのです。地球上の多くの人がまだ一日数ドルで暮らしているのが現状ですからね。

しかし、私たちのリゾートが自然環境の維持と保護に積極的に取り組み、それを成功させていることを、オリンピックによって世界の人々に伝えることができれば、事情は違ってきます。ウィスラーの取り組みを見た人たちが刺激を得、自分たちの環境保護に積極的になったとしたら素晴らしいことだと思いませんか?ウィスラーは現在でも世界中から多くのお客様をお迎えしている場所です。こういう場所はそれほどたくさんあるわけではありません。オリンピックの開催でこの状況をさらに拡大することになるでしょう。

私たちのビジョンは「世界各国で環境問題に取り組む人々にとって良い刺激になるような活動、励みになるような活動」、そして「自然環境を守りながら人々が暮らして行かれるという模範例」を世界の人々に示すことです。このことがオリンピック全体のハイライトになると考えるのです。

例えばね、オリンピックは今まで体験したこともないほどエキサイティングなデートみたいなものかな。でも、それは「結婚生活」とは違う。私が「結婚」しているのは「会社」であり、この「コミュニティ」。だから、結果的には私の会社もコミュニティも、オリンピックが終わった後、オリンピック以前より状況が良くなっていなければならないと思います。
でも、これは私がオリンピックを軽視しているということではありませんよ。世界中で連日のように様々な問題が起きている現代では、何か世界の人々が共に分かち合えるものが必要です。政治や経済の要素を取り除けば、その底にオリンピック本来のスピリットは今でもちゃんと息づいているはずです。世界の人々が様々な“違い”を乗り越えて集うイベントとして、これ以上のものはないですからね。


Q:質問が少し前後しますが、デヨングさんの会社は、このリゾートでどのような役割を果しているのですか?また、貴方のお仕事の内容はどんなことなのでしょうか?

デヨング: 私たちの会社は、ウィスラーとブラッコムの二つの山にまたがって広がる約7000ヘクタールのスキー場の開発と管理維持、日常のオペレーションのマネージメントを行う会社です。 私の仕事を一言でいうと・・・そうですねぇ・・「エコ・システムを破壊せずに、できるかぎりたくさんの人がこの山でリクリエーションを楽しめるように、計画し、維持管理をする」ということでしょうね。

環境問題に関する文章や報道などを読むと、「観光やスキー・オペレーションはエコ・システムを破壊する」としばしば批判ばかりされがちです。でも、一面的な見方で全体を判断すべきではないでしょう。それでは最終的に良い結果は生まれない。私たちは健全な経済状況が必要だし、健全なコミュニティが必要、そして健全な自然環境が必要です。環境問題をきちんと計画表に組み込むことによって、最終的な「結果」を良いものとして生み出して行くようにすべきでしょう。健全な経済を生み出すJOB(仕事)が無ければ、ベースとなるコミュニティも成立しないわけですからね。

この州の経済構造全体を考えた時、私たちは現在まで森林資源や鉱物資源などに頼ってきたわけですが、個人的には自然環境から「吸い上げる」ものに過剰に頼る経済構造には違和感を覚えます。もちろん、それらが今でも必要であり、重要であることは認めますけれどね。

その点、観光のほうが「sustainability」という点で良い方向に向かって行けるチャンスは大きいと思うのです。私たちが維持管理している土地は、エコロジーの面できわめて健全であることがまず求められています。ここにやって来る観光客にとって、環境は魅力的なものであり続けなければなりませんからね。もしここが過剰に開発されていたり、都市化してしまっていたり、環境汚染されていたりしたら、ゲストにとっては期待はずれということになるでしょう。それは、私たちの存在自体をおびやかすことにもなります。「自然環境」こそ、わたしたちのビジネスの最も重要な基盤の一つなのです。

Sustainabilityについて
デヨング氏の発言のなかには「sustainability」という言葉がしばしば使われる。「sustain 」とは、「ささえる」とか「維持する」という意味。「ability 」は「何かができること」、「力量」、「能力」などを示す言葉だ。
ウィスラーでは、デヨング氏の属する会社ばかりではなく、自治体、観光局、ホテルやレストランなど、このリゾートに関係した多くの組織や個人が共同して、「The first sustainable resort community in the world」を目指す運動を展開している。これは1993年から始まったもので、魚や野性動物の保護から、森林や土壌、水源の保護、ごみ処理、エネルギーの節減など幅広い問題にコミュニティぐるみで取り組み、経済面でも、コミュニティの暮らし、自然環境などの面でも、総合的に「sustainability」を目指そうとするものだ。


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