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ライフスタイルを変えられるかが、ポイント

――それは、先ほどおっしゃった「海の博物館」がきっかけですか?


 きっかけは2つあるんですよ。30代の頃メンタルな意味でかなりピンチで、本当に建築を辞めようかと思っていた時期があるんですけどね。あんまり落ち込んでいるので、妻が見かねて「ちょっと気分を変えてみたら」と言ってくれたので、大学時代の友人が住むペンシルベニアを訪ねたんです。そこで、ルイス・カーンっていう建築家の建物を見たときに「ああ、そうか」と感動のようなものを覚えた。カーンの建物に出会って、近代建築の手法を取っていても、近代建築の領域の中にあっても、まだ建築は何かを訴える力を生み出し得るんだ、

建築の中に美しさのようなものが現れ得るんだ、ということを教えられたんだと思います。それが、一つ。
 もう一つは、それからしばらくして「海の博物館」の収蔵庫が出来上がって、娘たちを連れて行ったときのことです。5歳と2歳だっかな。二人はちょこちょこしてるわけです。建築がどうとかってわかるわけがない。

「海の博物館」は、かなり苦労してつくったものだったので、ふと思ったんです。「娘たちが、父親が考えたことがわかるようになるにはあとどれくらいかかるかな、20年くらいかな」と。そして、そのときに僕が37、38歳でやったことが古くなってないかな、と考えてみたら、古くなってないかもしれないなと思えた。古くなっていないなら彼女たちに伝えることができる。建築っていうのは、人間の時間を超えて価値を伝えられ得るという意味で悪くはないな、と思えたんですね。……まあ、それで他の職業は諦めたのかな(笑)。

――それにしても、建築家以外に何になろうと思っていらしたんですか?

 そりゃあね、バブル真っ盛りの頃ですよ。効率とか収入のことだけ考えたら、いろんな仕事があるじゃないですか。基本的に僕の仕事は儲からないですからね(笑)。建築っていうのは、どれだけお金があってもいつも足りないものなんです。なぜかというと、どれだけ人を投入しても足りないからです。10人投入するより、100人投入した方がよくなるんじゃないかと思うんですよ。だから、つねに採算ギリギリまでお金をかけることになってしまうんです。

――つねにマキシマムで、いいものをおつくりになろうとなさるからですね。でも、環境問題を考えたときに、あのバブル時代のような利益率と環境対策は両立しないのではないかと思うのですが、いかがですか?

 うーん。でも、わからないですよ。冒頭、偏屈者の言い方で「環境問題なんて……」と申し上げたけれど、基本的には企業が環境で成功するのは悪くないと思っています。成功事例があればそういう人が増えてくるし、若い人も、そういう分野に充当されていくということがあるだろうから。

 たとえば、これから中国が近代化されて、大気汚染にも取り組めるようになったとき、日本で開発されている大気汚染対策の機器が爆発的にシェアを伸ばすことがあるかもしれない。よいものであれば、ね。企業は明日の利益を考えて動くから、それはそれでいいと思うんですよ。

問題は個人ですね。日本人が環境を考えるときはもう少し長いレンジで、世の中がどう変化しても流されない確固たる信念をもって望まなければならないんじゃないかと思います。企業は当然、来年の株価や利益率を最優先に考えて動くわけですからね。もし、間違った方向にいきそうになったときに「ちょっと待てよ」とブレーキをかけることができるのは、普通の人々の声しかないのです。

――一般の住宅を設計なさっていらっしゃる内藤さんからご覧になって、昨今の人々の暮らし方は変化しているでしょうか。環境を意識し始めているでしょうか。

 変化は、ないですね。もちろんファッショナブル「エコ」商品はあるわけです。壁紙だとか、ね。ただ、エコ商品は高いです。僕に頼む人はそんなに裕福な人はいないですから(笑)、そういったファッショナブルな商品は使わないことが多いんですよ。一般的な流れはそうだと思います。何がエコロジカルかを本気で考えてやろうと思ったら、建築の単価は倍くらいかかると思いますよ。建物の造り方そのものから考えていかなければいけないですからね。僕は、今の建築におけるエコロジーはメーカーのマーケティングの側面が強く出た状況だと思ってます。

 79年から80年の頃、通産省が「省エネルギー化住宅」っていうプロジェクトを立ち上げていました。オイルショックの後、省エネルギーが取りざたされ、省エネの住環境の可能性が模索されていたわけです。当時、僕は菊竹清訓設計事務所にいて、そのプロジェクトの担当を任されていたんですよ。いろいろな資料を調べてみて思ったのは、エネルギーのない時代を参照するのがいい、ということです。究極的には江戸時代ですね。たとえばね、ある人が言っていましたが、丹前を着てコタツで温まっていたら、暖房のエネルギー効率はエアコンの20倍、つまり、1/20のエネルギーで済むそうです。

 つまり、省エネルギーというのは、実はライフスタイルの問題なんですよね。だから、日本人が明日から、コタツの生活こそが楽しい暮らし方なんだと思えば、それは極めてエコロジカルですよ。サッシも少しくらい隙間風が入る方が、わざわざ換気扇を回すより健康的でいいとうことになれば、エコロジカルです。

 それから、20代の頃、僕はスペインに2年ほどいたんですけどね、よくスペイン人は怠け者だと言うでしょう? シエスタ(昼寝)をするから。でもね、それは言ってみれば省エネルギーなんですよ。日中暑いときはエアコンをつけてまで無理して働かず、涼しくなってから働く。こんな風に、ライフスタイルそのものを変えると、その効果ってすごく大きいんですよ。

 極端なことを言えば、朝9時出勤なんていわないで日の出に出勤をして、夕方帰って7 時か8時には寝る生活をすれば、日本全体でものすごい省エネルギーになりますよね(笑)。

 日本人、とくに高度成長期以降の日本人は、人間の“体”に対して甘く、問題が起きると代替の“物”で解決するという傾向があるんですよね。昔の人は強かったような気がするんです。やはり、われわれは弱くなっていますね。もちろん、ハードウェアの開発も怠けてはいけないけれども、人間の身体能力も頑張ってアップしようとしなくてはいけない。その両方が必要なのではないでしょうか。片方でいこうとするといびつになってしまう。

 子供の頃に見た光景として覚えているんですけどね、母方の祖父の家を訪ねると、早朝、縁側の戸を開け放って、祖父が乾布摩擦をしていたんですよ。真冬の寒い日でしたけれど、体から湯気が出ててね。祖父の体は、きっと強かったんでしょうね。

 環境問題を大きくとらえていこうとしたとき、そういったライフスタイル自体をどう変えるかという点も、今後議論されるべきなのではないかと思いますね。

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