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エコピープル

2026年早春号 Ecopeople 107松浦弥太郎さんインタビュー

編集部
家庭向け総合生活雑誌『暮しの手帖』の編集長として、2006年から2015年までの9年間を務められていますね。誌面構成やデザインも大幅に刷新し、新しいライフスタイルを伝える雑誌へと変貌させましたが、歴史ある雑誌の編集長を引き受けられるにあたって、どのような思いでいらしたのでしょう?

松浦
第4世紀の26号から編集長を務めることになったのですが、出版・雑誌界が大きな転換期にある時代において、歴史ある雑誌『暮しの手帖』(*)を未来に向かって継続させることを僕のミッションとして、お引き受けすることにしました。

*『暮しの手帖』
1946年創刊の家庭向け総合生活雑誌(隔月)。大橋鎭子と花森安治が立ち上げた「衣装研究所」から刊行された『スタイルブック』を前身とする。1948年、季刊誌『美しい暮らしの手帖』として創刊され、1953年、雑誌名を現在の『暮しの手帖』と改名する。内容は家庭婦人を対象とし、ファッション・料理・医療・健康関連記事・連載エッセー・読者投稿欄などを網羅する総合家庭雑誌。「雑誌の全ての部分を自分たちの目の届くところに置く」という編集方針で、広告掲載は自社出版物のみだった。また、100号毎に、「第⚪︎世紀」と区分され、初代編集長花森の「100号毎に初心に立ち返る」という意味が込められている。
広告記載については、通巻3号初刷での資生堂化粧品の広告を例外とするのみ。花森亡き後も、ページレイアウトも印刷手法に至るまで、そのスタイルを堅持されてきた。
『暮しの手帖』が現代的な装いの雑誌スタイルへと踏み出したのは、2007年2月1日発売、通巻376号、松浦を編集長に迎えた号からとなる。



編集部
編集長在任時期はちょうど、時代がアナログからデジタルへの移行が進み、メディアの多様化が一挙に進行する中で、2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
あの震災が引き起こした出来事は、多くの日本人が平和な日常生活のありがたさと同時に、あっという間にその“日常”が消え去ることを知った時期に重なります。

松浦
雑誌とは、読者に役に立つ情報を届けるというミッションと同時に、辛い日常を忘れさせる癒しも必要だと僕は考えていました。あの9年間は、歴史ある雑誌をここで途絶えさせることなく、未来に向かって継続するための体力をしっかりつける財政基盤を整えることを常に念頭に置き、ひたすら仕事をしていました。
編集部
写真と文章と美しいページデザインで、自分が生きている時代や文化への関心を深め、好奇心を刺激する雑誌文化。私も雑誌によって、好奇心を刺激され、文字通り人生を豊かにしてもらいました。
雑誌はその編集指針の下に、ページを繰る毎に広がる調和のある世界観を確かな“手触り”として伝えてくれました。

松浦
バランスがとれた暮らしの作法を堅持するには、自分も他者も傷つけず、疲れさせない生き方をすることだと僕は思っています。
目の前のコトに素直に向き合い、自分らしく考え、日常を整えていくことは、現在のように情報が錯綜する時代だからこそ、以前にも増して大切になっていると思います。
僕の『暮しの手帖』への編集指針は、読者にひとときの憩いを与える、それが現実逃避であっても、大切な時間であるという考えでした。
常にさまざまな考え方があり、複数の選択肢があるものです。僕は伝統ある雑誌が、社会と共に、未来の時間を刻むメディアとして生き残るためにするべきことをし、バトンを次へと渡すことが出来ました。