食材ラボ「干し椎茸」食糧難時代の強い味方!?

©︎ Kentaro KUMON / TOKYO-GA

「干す」と3大旨味成分が2つ!

低カロリーでミネラル、食物繊維が豊富、ということで美容や健康面でも人気の高い椎茸。生のままでも旨味成分のグルタミン酸を含む椎茸を、なぜ、わざわざ干して使うのでしょうか?

それは、他の乾物と同様に保存性が高まるのはもちろんのこと、乾燥により水分が抜けて濃縮が起こり、グルタミン酸自体の含有量が10倍以上アップするほか、酵素の働きで、もうひとつの旨味成分であるグアニル酸が大量生成される、という大きなメリットがあるからです。

つまり、昆布や鰹節といった出汁の中でも脇役イメージが強い椎茸ながら、実は、干すことで、3大旨味成分のうち、グルタミン酸とグアニル酸の2つの旨味を併せもつ、優秀な食材へと変貌していたのです。

また、香り成分「レンチオニン」も干し椎茸にしか出せない「味」であり、さらに「エルゴステロール」という成分は、紫外線を浴びることで骨の形成に欠かせない大切な栄養素、ビタミンDに変わり、その含有量は生椎茸の30倍にも及びます(『日本食品標準成分表2015年版』より)。

こうした干し椎茸の特性に着目して、旨味を最大限に引き出すためのポイントを押さえておきましょう。

何より重要なのは、まず、冷水でゆっくり戻すこと。戻し汁に干し椎茸の細胞壁の中にあるグアニル酸の元、リボ核酸(RNA)が抽出されていく際、抽出量が最も増える条件は、水温5-6℃で5時間以上かけて戻すこと、とされています。この時、しいたけの傘の下側にある酵素をしっかり働かせるため、下向きで水に浸すことも大切です。

次に、リボ核酸が抽出された戻し汁を、ぎりぎり沸騰しない60-80℃で20分間加熱することで、分解酵素が活発に働き、旨味成分グアニル酸に変わります。

もし、冷水を使わずぬるま湯で戻した場合は、水出し過程でリボ核酸からグアニル酸が出てきて、せっかくの旨味成分が別の酵素に破壊されてしまったり、また、加熱する温度が60℃以下でも80℃以上でも、旨味成分を分解する酵素がうまく働きません。

このようなメカニズムを知っていれば、夜、干し椎茸を冷水に浸して冷蔵庫に入れて1晩置き、翌日、沸騰させない温度で短時間加熱して使う、という簡単な2段階ルールで、干し椎茸の旨味がたっぷり引き出された出汁を味わえます。

サステナブルな栽培方法

ここで、干し椎茸がどのように生産されているか、に目を向けてみたいと思います。

生の椎茸がいつでも食品売り場に並んでいる理由は、「菌床栽培」という、おが屑などの木質基材に米ぬかなどの栄養源、炭酸カルシウムなどの添加剤を混ぜた人工培地に植菌する栽培方法により、温度管理された屋内で一年中収穫できるからです。現在、国内で60%流通している安価な中国産の干し椎茸も、この生椎茸と同じ「菌床栽培」によるものです。

他方、半自然の状態で、露地に設置した枯れ木に椎茸菌を植え付けて栽培するのが「原木栽培」です。そもそも椎茸は「椎」の木に生える「茸」という名前の由来通り、山の中で自生する山の幸。そんな自然の力に頼る「原木栽培」は、面積の約70%が森林に覆われている大分県で行われています。大分県の干し椎茸の生産量はダントツの全国一位、国内総生産量の約半分を占めています。

「原木栽培」による干し椎茸は、「菌床栽培」には必須の設備の維持や冷暖房のためのエネルギーを使わず、また、化学肥料や農薬も使用せず、自然発生したものを年2回、春と秋の旬に収穫するため、品質の安全性や栄養価の高さで知られています。

特に、大分県北東部の国東半島・宇佐地域は「世界農業遺産」に認定され、クヌギ林とため池による循環型農林業が行われており、世界に誇るサステナブルな自然環境下で干し椎茸が栽培されているのです。

©︎ Kentaro KUMON / TOKYO-GA

干し椎茸のポテンシャル

冒頭でも触れた出汁の代表格、昆布や鰹節、煮干し類は、すべて海産物です。日本の漁獲量はかつて世界の17%を占め、世界一を誇っていましたが、1980年代以降、急激に減少し続け、昨今では3%程度にまで下がっています(水産庁「図で見る日本の水産」令和2年12月)。水産資源の持続的な使用のために、さまざまな維持・管理の取り組みが行われている一方で、地球温暖化のあおりを受ける海洋環境の変動等で、海洋資源量を安定させるまでに至っていないのも事実です。

また、国際機関からも連日のように、近い将来の世界的な食糧危機の問題について、警鐘が鳴らされています。こうした現状を踏まえると、前項でみたような、持続可能な生産スタイルの食品はとても貴重です。実際、干し椎茸を「森のダイヤ」「森の肉」と呼ぶ人もいます。

さらに近年、宗教上の理由を超えて、欧米諸国を中心に、健康志向、動物福祉、畜産に関わる環境問題などの観点から、ヴィーガンやベジリアンなどの菜食人口が急速に増えつつあります。そうした人たちにとって、健康的な和食を味わいたいけれど、鰹節などの出汁がネックとなり、敬遠せざるを得ないケースもあると聞きます。

このように、水産資源の減少、食糧問題、菜食人口の増加といった世界の食事情を鑑みても、植物由来の出汁で美味しい「UMAMI」を味わえる干し椎茸の将来性、まだまだ秘められているポテンシャルに大いに注目していきたいものです。