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先生がトンボを通した環境活動を始めた経緯を聞かせていただけますか?

写真:田口正男先生

今から20年ほど前(1980年代前半)に、横浜市では都市に自然を取り戻そうというという取り組みが活発になってきました。その都市自然再生のシンボルとしてトンボがクローズアップされました。本牧市民公園というところに大きなトンボ池が造られ、さらに市内の小学校にもトンボ池を造り、それを使った環境教育が始りました。いまでさえ、全国各地に同じような活動が見られますが、それらの先駆けとも言えるものでした。本牧のトンボ池は市民からの働きかけで、行政が造りました。その後の活動に、行政からの要請で専門家として関わったのがトンボを通した環境活動の最初でした。当時、「本牧にとんぼを育てる会」という市民団体が活動していましたが、その後活動が横浜市全体に広がり「横浜にとんぼを育てる会」に名を変えて、活動が拡がっています。

 

なぜトンボが自然再生のシンボルとしてクローズアップされたのでしょうか?

写真:とんぼ

トンボというものは、中高年にとってのノスタルジアと言いますか、郷愁を感じさせるものであるということと、もう一つは学術的に見て、トンボが注目に値するという二つの理由があったのだと思います。

トンボの幼虫であるヤゴは水中に生息しますから水中生態系の一員であり、その後成虫(トンボ)になれば陸上に出てきて陸上生態系の一員となります。トンボというのは二つの生態系、複合的な環境が成立していなくては生活し得ない生き物です。トンボのそういう点に着目して、最初に先進的な活動をはじめたのが横浜市でした。

 

そのような行政との繋がりから「トンボはドコまで飛ぶかフォーラム」に関わるようになられたのですか。

写真:トンボはドコまで飛ぶかフォーラム

直接的に本牧のトンボ池と、今回の「トンボはドコまで飛ぶかフォーラム」が繋がってはいませんが、4年程前に、横浜市環境創造局の職員の方や横浜市環境科学研究所の方から「トンボはドコまで飛ぶかフォーラム」について相談を受けました。「鶴見区周辺の京浜臨海部に自然がどのくらい存在するのかを把握するため、トンボの生態系を調べることで明らかにできないだろうか」、と。是非やってみましょう、ということでトンボ調査はスタートしました。第一回目のトンボの調査は9月に行いました。二回目以降は調査ポイントを増やしたために、多くの方に調査員として参加して頂くことが必要になり、市民の方、企業の方が参加しやすい時期にということで、8月に調査を行うことになりました。