~地球の声に耳を傾ける~
エコピープル

2023年冬号 Ecopeople 98箱瀬淳一さんインタビュー

©︎ Takashi MUKAI

3 今、輪島から発信するメッセージ

編集部
世界は今、あらゆるシーンで作業の効率化とスピード化が叫ばれ、人間が担当していた様々な仕事がAIによって管理され、ロボットたちに置き換えられる状況が急速に進行しています。
今回、工房で拝見した“ものづくりの現場”では、現実社会では「シャドーワーク」と分類される“裏方の仕事”を、多くの若いスタッフたちの迷いのない手によって粛々と進行していることに、なんだか救われた気持ちになりました。
今、箱瀬さんが世界のブランドから直接コラボレーションの依頼を受け、お仕事を展開されている姿は、かつて北前船に乗って全国各地に点在する顧客に直接繋がっていった塗師屋の行動力に相通じるエスプリを感じたのですが、この展開にはどのような経緯があったのでしょう?

箱瀬
僕は、漆作家としての世間の評価には興味がありません。自分のつくった漆製品を、人生の時間を彩る愛用品として身近に置いていただき、できうるなら毎日使ってもらいたいと願っています。
ですから、買われる時には素手で触ってその滑らかな感触と軽さを感じ、そのデザインも近い距離から見ていただきたいと考えています。
もしお椀をお買い上げくださったのなら、折あるごとに食卓に登場させ、季節の食材と共にその意匠を楽しんでいただきたいのです。
輪島塗が江戸時代から長いあいだ、日本中の方々に愛されたのは、その丈夫さと美しさ、嘘のない本物をつくりだした輪島の漆職人たちの仕事の姿勢を評価してくださったからだと思います。
近年、海外の一流ブランドとのコラボレーションが実現しているのは、僕の漆を評価し、実際に使ってくださった方の個人的なご紹介がビジネスへと繋がり、その輪が人の手を介して広がっているという印象です。

Special courtesy Van Cleef & Arpels
©︎ Masatoshi MORIYAMA


編集部
受賞歴からやデザインフェアなどへの出展ではなく、箱瀬さんの漆との出会いを大切に思い、ものづくりを評価する人々のネットワークが現在の状況へと繋がってきたということですか…。
まさに漆たちの無言のメッセージ「美のちから」が世界への道を開いた。
最後に、輪島塗を未来に向かって発展していく上での課題があれば、お聞かせください。

箱瀬
最大の問題は森の荒廃です。能登の里山は美しいとおっしゃってくださいましたが、一歩足を踏み入れると、いかに森が荒れてしまっているかがおわかりいただけるはずです。
現在既に、輪島塗の出発点、下地となる良質な木地の確保が次第に困難になってきています。先ほどもお話しましたが、漆器をつくるためには、製品にもよりますが、樹齢100年を越す、然るべき太さのある木材が必要となります。
樹木が健やかに育つ森の管理、森を見守り、手入れをし、それを木地として仕上げる木地師たちの暮らしを守れる中長期の時間軸で循環する社会を取り戻さないことには、輪島塗が廃れる可能性があります。

©︎ Takashi MUKAI






編集部
CO2の吸収源でもある森の衰退は、世界中の課題でもあります。

箱瀬
日本にとって里山の保全は、非常に重要なテーマだと思います。漆工芸の技術を継続するだけであれば、かつての戦国武将が鎧甲冑を漆で彩ったように、金属への加飾も可能です。
僕自身、近年は燕三条の金属加工の工房が製作するスキットル(お酒を入れる小瓶)などへの蒔絵も取り組んでいますが、木を下地とする食器や工芸品は、まさに世代を超えられる日常生活の美の継承です。
里山を守ることは、僕らが関わる漆産業の課題というレベルを超え、世界全体が真剣に向き合う課題だと思います。
編集部
世界のブランドとのコラボレーションを重ねて来られた今、「ものづくりのあり方」について感じていらっしゃることがあったらお聞かせください。

箱瀬
輪島塗はその製作工程の多さ、製作期間の長さ、使用される素材の吟味からも高価な塗り物です。ただ、この製作工程で使用される素材は全てが自然由来で成り立っています。よって、未来永劫、ケミカルな副作用もなく安心して使っていただけます。
SDGsなものづくりとは、まさに輪島が今まで粛々と実践してきたことです。
ブランドの方々は僕らの美的判断、高い技術力のみならず、このものづくりの姿勢を正しく評価してくださっています。
輪島塗の本質を見失うことなく、次世代にその精神と技術をしっかり継承してゆきたいと思います。

©︎ Takashi MUKAI