エコピープル 50「東京スカイツリー物語」part4

「心柱制振」というシステム

慶伊道夫さん

編集部

東京スカイツリー®の建築構造に導入された世界初の「心柱制振」、五重塔にインスパイヤされたものと伺いましたが?

慶伊

確かに五重塔の心柱に或るヒントを受けてはいますが、塔建築における心柱の構造原理そのものを導入した訳ではありません。ご承知のように、各地に残る五重塔には必ず心柱というものがもうけられていますが、この心柱は宗教的なものと考えられています。この心柱と各層の屋根を支えている柱梁架構は結合されていません。一方で"五重塔の奇跡"などと言われるように、地震による倒壊がほとんどないという事実があります。心柱の存在がどこまでこの五重塔の耐震性能に寄与しているかは研究者の間でも明確にはなっていません。今回、日本に誕生する世界一高いタワーの構造設計に携わるにあたり、日本建築が継承してきた技術と精神を反映させたいという想いと、外周の架構ときりはなされた柱といった形態的なアナロジーから、東京スカイツリーに導入した新たな制振システムを"心柱制振"と名づけました。

編集部

"心柱制振"について、もう少し詳しく伺えますか?

慶伊

タワーの中央部に配置した直径8メートルの鉄筋コンクリート造の円筒部分、いわゆる"心柱"とその外側の鉄骨造部分を構造的に分離し、別々にすることで、地震発生時にそれぞれに作用する揺れを相殺させるシステムです。
原理的には心柱の重量(質量)を利用した質量付加システムとも言えますが、通常この付加する重量は他に用途のない単なる錘です。スカイツリーの心柱は非常階段を内包するという機能もあり、従来のものとはその点で異なります。
心柱とその外を取り囲む鉄骨の構造物の間は約1メートル程度の空間を確保し、地上から125メートルまでは鋼材で外側構造物とつないで心柱と外周架構は一体の動きをします。125メートルから375メートルの間は、心柱と外周架構は別の動きをすることになります。そしてそれぞれの部分の動きが反対方向だとそこに地震力の相殺がうまれ、トータルの地震力を減らす効果が生じます。またこの可動域には、オイルダンバーを外側架構との間に設置することで二つの部分の衝突を防ぐと共にタワー全体に減衰性能を与えています。

東京スカイツリーイラスト

“人の手技”がスカイツリーを支えているのです

慶伊道夫さん

編集部

こうした日本建築の伝統技術は、最先端の建築にも生かされているのでしょうか?

慶伊

スカイツリーはまさにコンピューターの申し子のような建築です。設計段階におけるコンピューターの能力は我々の大きな戦力となって、限られた時間のなかで、世界一のタワーの設計を成し遂げることを可能にしてくれました。またタワーをつくり上げる実際の現場、たとえば鉄骨加工工場や建設現場における鉄骨建方などでもコンピューターが色々な場面で使われています。即ち、柱(主となる鋼管)にあわせて分岐管の端部を切断することや、常に部材の位置を精度よく計測しながらミリ単位で鉄骨を組みあげていくためにはコンピューターが不可欠です。一方で、日本の技術者個人が永年にわたって研鑽してきた技術と経験が随所に生かされています。たとえば、鋼材ひとつとっても今回のスカイツリーに使用された特殊鋼は日本のメーカーだからこそ製造できたレベルのものです。我々構造設計者が提示した条件は、通常使用される鋼材と比べるととても高性能なものでした。さらにそれを組み上げる技、その鋼材を絶妙な塩梅で繋ぎ合わせる溶接技術等はコンピューターの助けはありますが、職人の勘や経験に頼るところも少なくありません。これらの建設技術はまさに世界一を創り上げるにふさわしいトップレベルのプロの仕事の集大成です。順々に上に向かって鋼材を組み上げてゆく過程において、わずかなブレもズレも許されないという緊張感のある"人の手技"がスカイツリーを支えているのです。木造建築で培ってきた嵌め込み技術や寒暖差によって生じる微妙な"糊しろ"の計測、これら日本の建築の職人さんたちが継承してきたさまざまな伝統の技と最新の技術がスカイツリーに結集していると言って過言ではないと思います。

編集部

高層タワー建築において、今回採用された手仕事の質が要求される鉄骨造以外にも方法はあったのでしょうか?

慶伊

構造的には、鉄骨造と鉄筋コンクリート造のふたつの方法が考えられました。鉄骨造にしたのは、視覚的に開放感のあるフォルムが実現できるという点、限られた敷地内にあれだけの高層タワーを建設するわけですから、近隣に軽やかな印象をもたらすことは重要でした。また、タワーの土台づくりは杭基礎が前提となることから、鉄骨造にすることで鉄筋コンクリート造よりも全体がより軽量化できることも大きなポイントでした。さらに、敷地条件からとてもスリムなタワーとならざるを得ない状況では、地震や台風などでタワーの足元の柱にはとても大きな押し込み力と引き抜き力が働きます。この力をできるだけ軽減する意味でも鉄筋コンクリートに比較して建物を軽量化でき且つ受風面積を小さくできる鉄骨造が望ましいと判断しました。

編集部

"こうしたプロジェクトを担当されて、一番苦労されていることは?

慶伊

私の仕事は、設計事務所の立場から施主、設計者、施工者の意志疎通をできるだけスムースにやることです。その意味ではなんと言ってもコミュニケーションですね。時間をかけてじっくりできるのがベストでしょうが、設計時点に始まり、施工が開始されたあとも、いつも時間との闘いが続いています。その中でよりよいものを目指して、コミュニケーションを取り合う努力、これが最も大切でしょうね。正直うまくできたとは全く考えていません。回りの優秀な方々のおかげで運よくここまできたというのが実感です。

2011年8月12日・日建設計本社にて

慶伊道夫さん