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木のいのち、人のいのち

 『奇跡の樹』のなかには「いのちのちから」について書かれたくだりがあります。そこで、「木のいのち」について質問したところ、塚本さんはホワイトボードを前ににわかに授業を展開してくださいました。題して――

塚本先生の「木のいのち」講座

先生「木は、葉っぱと根っことそれをつなぐ管によっていのちの営みをしています。まず、人間の皮膚にあたる部分を、木では『外皮』と呼びます。この外皮の内側に師管・道管という、人間で言えば血管にあたる管が通っています。葉っぱはエネルギーの生産工場です。光合成を行って生み出したエネルギーを糖分に変えて、師管を通じて根に送り込みます。エネルギーをもらった根っこは細胞分裂をします。そして、幹や葉っぱに水分を送るのです。この水分が通るのが道管です。こうして見ると、師管と道管は人間の動脈、静脈みたいでしょう? だから、師管と道管が切れてしまえば、木の生命活動は止まってしまいます。師管と道管が流れているのは、外皮の内側のほんの2、3ミリの部分。『形成層』と呼びます。ここではどんどん細胞分裂をしている。木のいのちの活動です。
細胞分裂の結果、年輪ができる内側の部分は、リグニンやセルロースが溜め込まれる『材』です。木は、風が吹いても自分の身体を立たせておくためにここを堅く保つのです。だから、『材』は細胞としては死んでいます。言ってみれば細胞が分裂した後の残材なのです。
 たとえば、雷が落ちたとか、虫に食われて、『材』の部分が空洞になってしまったとします。でも、木は死んでいません。師管と道管を通じてエネルギーと水分が循環し、細胞分裂していれば。ほら、『となりのトトロ』の空洞の木がそうですよね?」

生徒「では、木が病んでしまうのはどういうときですか?」

先生「昨今、神社仏閣で老樹が弱る最大の原因は、木が生えている周囲の土が踏まれる『踏圧』です。土壌というのは、固層(土のかたまり)、気層(酸素)、液層(水分)の3つから出来ています。この3つの割合が3:3:3くらいが理想的な土壌なんですね。ところが、神社仏閣の木の根元は、人が歩き、車が乗り入れます。何年も何十年も歳月が積み重なると、その土壌は固くなってしまうのです。固くなれば、空気が減ります。水も染み出ます。つまり、酸素と水分が不足して根がはれなくなるのです。根がはれなければ、水分・ミネラルが採り込めない。水分が取り込めなければ葉っぱが大きくならない。葉っぱが少なくなる。すると葉っぱはエネルギーの生産ができなくなります。こうして、木は弱っていくんですね。
 こんな場合、私たち樹木医は土壌環境を改良するために、根の周囲の土を掘り起こしてやわらかくし、土に腐葉土を混ぜて自然の土に戻します。すると木が水を採り込むことができるようになり、いのちの循環を再開できるようになるのです。
 みなさんも、踏圧の害を防ぐために木の周りに柵を張り巡らせているのを見たことがあるでしょう?
 でも、根っこは幹の直径の何倍くらいの広さにはり巡らされるものだと思いますか

 5倍? 10倍? いえいえ、普通の木でも幹の直径の20倍から30倍の円の面積に広がっていくのです。たとえば直径1メートルの幹であれば、直径30メートルもの円の広さに根を張り巡らせていきます。だから、数メートルのところを柵で囲ってもあまり意味がないんです。ツツジやサツキは別ですけどね」>>次のページ