©︎ MORIYAMA Masatomo
編集部|
まず、嵯峨御流の「いけばな」、その根幹となる考え方についてお聞かせください。
辻井|
平安時代、日本の伝統文化の礎を築かれた名帝、嵯峨天皇をご始祖とする「いけばな」の流派が嵯峨御流です。ここ旧嵯峨御所 大本山大覚寺が継承してきた「いけばな」嵯峨御流は、その起源が個人ではなく、その後も皇室ゆかりの門跡が大覚寺を守ってこられたこともあり、“華の道”は、職務を担う華務職が担い、継承されてきました。華務長の任務は激動する時代や表現洋式の変化にも揺るがぬ“型”を未来へ繋げることです。
嵯峨御流の“型”が表現する「いけばな」は、密教の哲学体系である「六大」(*)の思想。森羅万象を構成する「地・水・火・風・空」の五大要素に、万物の心にある「識」を加えた六つの要素の調和を表現しています。
編集部|
「六大の調和」について、具体的にご説明いただけますか?
辻井|
自然界の事象は常に変化しながらも命を循環させ、万物の命が相互にかかわり合い、周りと繋がっています。周りの世界やそこに住む生きもののために、自らを差し出す「利他の精神」によって、自然界の循環は円滑に機能します。
樹木や草花は、花、実、葉を鳥や昆虫たちに惜しげなく差し出します。「六大」とは真言密教の真髄に在る思想で、宇宙が調和する上で、この六つの要素が調和し循環することの大切さを説いています。
嵯峨御流の「いけばな」とは、周りに寄与することで自らを生かし、“喜びとする生き方”であるとともに、宇宙の調和を映し出す姿を“型”として継承してきました。
*六大
宇宙の森羅万象を構成する「六大」と呼ばれる根本要素は大日如来の体性(身体に由来する感覚や機能)。世界や人間を形成するという真言密教の核心に位置する宇宙観。
地|すべてを保持する性質・堅さ
水|すべてのものを受け容れる性質・潤い
火|成熟させる性質・温める
風|養う性質・動き
空|すべてを抱擁する性質
識|精神活動・判断力
編集部|
「六大」の思想、まさに現代社会が目指す潮流、持続可能な循環社会『SDGs』の創出そのものにピタリと重なります。「いけばな」への認識が大きく変わるメッセージですね。
辻井|
嵯峨御流の「景色いけ」を例にお話ししたら、より理解が深まるかと思います。
「景色いけ」は山から海に至るまでの風景を水の連続性の中で表しています。
風景の源となるのは”水の流れ”。山に降った雨が地中で濾過され、長い年月を経て地上へ湧き出た水は森林を育て、野辺や田畑を潤し、池水や沼などの湿地に蓄えられ、河川となり海に至ります。そして、大海に注がれた水は雲や霧となって、雨を降らせ、再び山の源流に戻ります。
「景色いけ」は山から海へと至る水の流れに沿って「深山の景」「森林の景」「野辺の景」「池水の景」「沼沢の景」「河川の景」「海浜の景」七景で構成され、それぞれ特徴ある“水の取り方”で表現します。
「深山の景」では、生命の源泉であり、水が生まれる場である渓谷を表現し、幽玄な山奥の気配を、
「森林の景」は水源から流れ出た幾筋もの清流が合流し、山湖に生まれ変わる風情を、
「野辺の景」は穏やかな野辺を流れる小川の佇まいを、
「池水の景」は、生命を守る水を満々とたたえる池・溜池に、人為と自然の調和を見る。
「沼沢の景」では、水のよどみを表現することで、多様な植生を育む湿地や沼沢の雰囲気を、
「河川の景」は、すべての水を結ぶ生命の道ともいえる河川の景観を、
「海浜の景」では、白砂青松の松原越しに大海を望み、海浜の風情と共に、水の流れの終着と再生の地を表現します。
水は生命の原点であり、いのちそのものです。水が滞ることなく連続して上流から下流へ流れ、海へと戻る。この連続した水の流れが地上の風景を生み出します。
「景色いけ」では、その過程でさまざまないのちが生まれ、時の流れまでも丁寧に表現されています。人間のみならず、あらゆる生命、植物、動物や昆虫も繋がって、この世界・宇宙はできていることを認識し、受け入れることの大切さも表現しています。
©︎ MORIYAMA Masatomo
編集部|
深淵なる宇宙観、密教の真髄が「いけばな」誕生の背景にあるのですね。知の巨人、空海と親交が深かった嵯峨天皇のお心を捉えた一輪の菊、花に託された天皇のお言葉「後世花を生くるものは宜しく之を以って範とすべし」の意味を、今こそ改めて、噛み締めてみる必要がありそうです。