©︎ MORIYAMA Masatomo
編集部|
大沢の池は日本最古の人工池とのことですが、ここにも何か特別な意味が秘められているのでしょうか?
辻井|
この池には大きく三つの意味があります。一つ目は、平安時代 離宮嵯峨院の苑池であり、みだりに手が加えられなかったこと。次に、溜池として周辺の田畑に水を送るという重要な役割を担っていたこと。そして三つ目は、先ほどお話しした日本の風景をいける「景色いけ」の原点であることです。
今日は大沢の池の周辺を中心に花をいけさせていただいたのですが、1200年前に、嵯峨天皇もこの池に船を浮かべ、私たちが今、目にしている同じ景色をご覧になったのかと思うと、改めてこの風景の美しさを、「いけばな」でしっかり未来へ繋いでいきたいという想いを新たにします。
近年、“花をいけること”とは、“祈りそのもの”ではないかと感じます。雑念を取り払い、心を無にして花に向き合うと、花たちとシンパシーを感じるような感覚にしばしば陥ります。
©︎ MORIYAMA Masatomo
編集部|
在来種の草木が病気にかかり、立ち枯れている風景を日本各地で目にするようになりました。日本人にとっても特別な意味を持つ松のマツクイムシ被害は、全国各地から報告されています。
辻井|
古来、松は神の依り代とされてきました。また「白砂青松」の言葉が示すように、松は元来、潮風や乾燥にも強く、痩せた土地にも根を張る生命力の強さから、海辺の防砂林などに適し、人の手によって植林されてきました。ただ、松を健全に生育させるには、松にふさわしい手入れと手当てが必要です。松葉が根元に放置されたままになっていると、腐葉土となり栄養過多によって松は根張りが弱くなり、生命力が弱まってしまいます。
樹木や草花はそれぞれ、寿命も違えば、望ましい環境も異なります。自然界の中で、それぞれの生命が循環し、その命を全うするには、人間が草木に心を寄せ、然るべき手をかけてやることで、日本の美しい風景は守られてきたのです。
植物と密接に関わりながら、継承されてきた日本人の日常の丁寧な暮らしのありかたを大切にしたいものです。
©︎ MORIYAMA Masatomo